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積ん読 その9 [読書不可侵条約系]

小笠原 喜康『議論のウソ』(2005)講談社現代新書

議論のウソ

議論のウソ

  • 作者: 小笠原 喜康
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2005/09
  • メディア: 新書

非常に面白くかつ平易に書かれている。少年非行問題、ゲーム脳をめぐる議論、携帯電話の心臓ペースメーカーへの影響問題、「ゆとり教育」論議の4つを取り上げて、世間で流布されている言説の「ウソ」を考える。決してその「ウソ」を声高に糾弾しようというのではなく、性急な判断を避けて冷静に立ち止まって情報を吟味することと、それに加えて判断を保留する「勇気」を持つべきだ、というのが本書のテーマである。

まず1章では、「統計のウソ」として、少年非行の数や凶悪化について取り上げている。マスコミでは統計を持ち出して「少年非行が凶悪化した」と論じられることがあるが、その統計を丹念に突き合わせて調べてみると、必ずしもそうはいえない、という結論が導かれる。最近では、インターネットも発達し、新聞情報の様々な「ウソ」「誤報」が明らかにされる傾向にある。しかし事はそう単純ではなく、逆にネットにあふれる情報にしても、どこまで信頼できるかどうか危うい側面がある。そうした中で、我々がすぐに正解・結論・わかりやすさを求めようとする姿勢そのものが、「ウソ」の再生産に手を貸しているのではないか?という指摘は重要である。

2章では、「権威のウソ」として、ゲーム脳を取り上げている。
ここでは、科学者という権威と、科学的装いをした論述の積み重ねによる「ウソ」が明らかにされる。
例えば、ソフトウェア開発者と痴呆者の脳波を測定すると同じであったことが、「開発者も痴呆者と同じような脳の機能低下を起こしており、それは長時間画面を見続けて作業をしているからであり、おそらく同様にテレビゲームを長時間行うことは脳の機能低下を招く」という短絡的な結論に導きかれていることが指摘されている。「学者」「科学的研究」という表面的な「権威」に惑わされない姿勢が必要であることを説く。

3章では、「時間が作るウソ」として、携帯電話の悪影響について論じている。
携帯電話の発する電波が心臓ペースメーカーや医療機器に影響を及ぼすということは広く知られていて、電車内や病院などでは電源を切ることが奨励されているわけだが、最近は携帯電話も医療機器も改良されて、以前のような電波の影響はなくなっている。それにも関わらず、以前の基準(交通機関内や病院内での禁止)が生きたままである。状況が変化したにも関わらず、旧来の基準や考え方に固執すること(結果としてのウソ)の弊害が説かれる。これは例えば、左派の立場から憲法9条改正問題、右派の立場から女系天皇問題をみると、どうなるのだろうか。

4章では、「ムード先行のウソ」として、ゆとり教育批判を論じている。
(ゆとり教育が正しい・間違い、という議論はひとまずおいて)国際的レベルで順位が下がったとされるOECD学力調査の結果から、短絡的にゆとり教育と学力低下を結びつけること(ウソ)が論じられる。OECD調査結果を統計的に吟味すると必ずしも単純に順位低下したとはいえないこと、そのOECD試験問題における読解力などの能力養成がこれまでの日本の教育では行われてこなかったこと(すなわち、OECD試験結果の順位低下と現在のゆとり教育の因果関係はない、ということになる)などが挙げられている。

5章では、「ウソとホントの境」という著者の結論が述べられている。
上記の4つの章で「ウソ」を明らかにしてきたわけだが、実は「ウソ」は簡単に見抜けないし、そもそも「ウソ」とはいえないことも多いのではないか、というのが筆者の考えだった。何が「ホント」で何が「ウソ」かをぱっと見抜く、それは我々にとって望ましいことのように思えるが、実は他の結論の可能性を切り捨てている。誰かが作った「正答」を求めるのでなく、自分自身で「正答」を作り上げる。そのためには、なんでもすぐ「わかりやすさ」に飛びついて正答を求めることは止めるべきである、ということである。他者の作った「正答」を求めるのでもなくまた問題から逃避することでもない第三の道として、筆者の言うように常に「ウソ」に自覚的で簡単には結論を導かないことが、こうした混迷した社会状況の中では(まどろっこしいかもしれないが)非常に重要なことだと思われる。


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コメント 2

aroma

非常に意義深いですね。大きくうなずいてしまいました。
じっくりと吟味して、自分自身での見極めをしていきたいと思います。
by aroma (2006-01-25 19:45) 

わらばー@見ッチェル

>aromaさん
コメント遅くなりすいません。
世の中の情報ってほんと、正しいのかそうでないのか、見極めは難しいですよね。
それでも何らかの価値判断を下さないといけないのがつらいところですが。
by わらばー@見ッチェル (2006-01-31 23:59) 

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