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積ん読 その4 [読書不可侵条約系]

山本七平『私のなかの日本軍』

私の中の日本軍

私の中の日本軍

  • 作者: 山本 七平
  • 出版社/メーカー: 文芸春秋
  • 発売日: 1997/04
  • メディア: 単行本

この本は、戦時中に戦意高揚記事として書かれたはずの「百人斬り」記事が、事実として受け止められてしまっていることに深い憂慮を抱き、戦争が終わった今では明確にわからなくなっている当時の戦場の常識、軍隊生活、兵士の心理などの点を注意深く考察しながら、それが決して事実ではない(であろう)ことを証明しようとしている。決して単に旧日本軍を美化・免罪しようとしているわけではなく、誤報が事実として受け止められることで実際に二人の命が失われたことへの激しい憤りが根底にはある。メディアの「誤報」はいかに生み出され増幅され、そして信じられてしまったのか。そのメカニズムを冷徹に読み解こうとしている。「百人斬り」が果たして可能だったのかどうかについての論証こそが最大のテーマではあるが、そこだけに目を向けるのは本書の意義を矮小化してしまう気がする。当時の軍隊の(タテマエにとどまらない)実際のあり方、日本人の思考のあり方を、様々な点から描き出しているからだ。結局のところそれは、旧日本軍がいかなる行動を取ってきたのか、それを現代の我々がどう判断すべきなのかについて考える材料を提示してくれていると思う。また、著者自身の軍隊経験(著者はフィリピンに展開した砲兵隊に所属しており、部隊壊滅後はジャングル逃避行も経験している)が大変興味深い。ここで、私が興味を持ったエピソードを紹介する(以下引用も含め少々長くなるが)。

彼の部隊で一つの事件が起こった。部下3人フィリピン人の人夫7人がトラックに乗り、補給物資を受け取りに出発した。ところがドロガメとあだなされた参謀の横やりともいえる勝手な命令により、トラックは補給地から先の別地点まで移動したため敵機の攻撃を受け、3人を残して戦死してしまったのだった。日本人の部下は埋葬したのち、(遺族にかえすため)遺骨として指の骨を切り取るのだが、その際、自らの軍刀を用いる。また、死んだフィリピン人人夫についても(火葬の許可がでなかったので)仮安置したのみだったが、翌日、それらの遺体は消え去っていた。おそらくフィリピン人の手によって持ち帰られたのだろう。ここで著者はこう述べている。

これは戦後に聞いた話だが、あるスペイン系のゲリラ隊長が日本軍に逮捕され処刑された。戦後この責任者が戦犯にされたが、その誇り高きスペイン系大地主のゲリラの未亡人は、次のような意味のことを言ったそうである。すなわち自分の夫はゲリラだから、運悪く逮捕された以上、名誉ある銃殺ならば致し方ない。諦めもする。従ってそうならば、この人に罪あるとは私は思わない。しかし、夫に最後の懺悔をする機会も与えず、聖油礼も受けさせず、まるで異端者の如くに絞首刑にして、その遺体を焼き捨てたことは許せない、と。・・・彼(責任者)にしてみれば、火葬は「敵ながら天晴れ」という一人よがりの敬意だったかも知れない。・・・従って、彼女が、自分の夫は日本軍によって異端者のように焼き殺されたといっても、それは彼女にとっては少しも嘘ではない。しかし一方、その戦犯が「冗談じゃない、敵ながらあっぱれと思い、彼だけは特に丁重に火葬したのだ」といっても、これも嘘ではない。
現在でも歴史の真実とは何かということがよく議論されるが、「真実」の両義性をよく示している事例だと思われる。
「・・・もし司令部が火葬を許可し、私が二人の部下だけでなく、共に死んだフィリピン人も同じように丁重に火葬すべきと考え、それを実行していたら「焼き殺し」の残虐犯人として、今ごろはこの世にいなかったかも知れない。確かにフィリピン人を強制連行し、塩二さじで最も危険な場所で強制労働に服させ、あげくのはては焼き殺したとあっては、もうどうにもならないであろう。そしてこのように並べられた「事実」は、彼らの立場からみれば、もちろん「虚偽」とはいえない」。
結局、この事件の「責任」を追及しても、それは結果的に命令違反となった部下の責任としてしか処理できず、本当に責任のある人物は追及できない。著者の深い憤りは続く。
「当時の私の一種の執念は、この全員の「死の責任」の所在の追及へと向かっていた。「命令権」のないはずのだれが、どう強要して、彼らを死に至らしめたか。」
こうして読んでいくと、「百人斬り」の真実をえぐり出そうとする著者の本当の意図がよくわかるのではないだろうか。全体を通して重苦しい内容ではあるが、戦争や戦争責任の問題、ひいては日本人のあり方を考える上で非常に示唆に富む本だと思う。
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